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Yesterday

ジャックのお話。ちょこっとジェリーも登場。



 


 ジャックはフォークを皿に伏せた。
 皿にはスクランブルエッグ。半分も減っていないが、ジャックの手は湯気を立てている卵の上を通過して紅茶のカップにのびる。腹は満ちていないが、食欲は失 せていた。シンプルな料理なのに思うような味になっていないことが、彼の気を滅入らせていた。なにかが足りないのだろうか、と考えを巡らせ、もしかしたら 調味料を足せばマシになるかもしれないとも思う。だが一回気に入らないと思ったものは、どう手を加えてもろくなものにならないと思い直す。結局投げやりに 皿を押しのけた。朝からため息が漏れた。

 自分の好みに合わせて作っているはずなのに、うまくいかない。
 ジャックの好みを本人以上に知っているのはメアリーだった。彼女の作る料理は不思議なほど夫の舌に合った。仕事柄正規の労働時間など無いに等しいジャック だったが、一旦仕事が引けてしまうといそいそと家に帰って妻の手料理に舌鼓を打った。付き合いが悪いと冷やかす同僚に、妻の手料理は最高なんだと臆面もな く返してますます冷やかされた。いつまでも続くと疑わなかった頃には、幸せと気付かなかったことだ。

 あの味を再現しようと苦心惨憺しても、うまくいった試しはない。せめてメアリーがレシピでも残していれば事情は違ったかもしれないが、彼女は主な料理の大 部分を頭の中に留めていた。妻の思いがけない記憶力にジャックが驚きを口にすると、いたずらっぽい笑顔が返ってきたものだ。これが私の仕事だもの。あなた だって警察マニュアルなんてもう読まないでしょう・・・。

 物思いに止まっていた時間は、電話の呼び鈴で再び動き出した。ジャックはのろのろと立ち上がる。間に合わなくてもいいと思うのに、呼び鈴はしつこく鳴りや む気配をみせない。仕方なく受話器を取ると、明るい声が耳に飛び込んできた。よく知る声に、ジャックの気持ちが少し浮上する。

「おはよう、ジャック」
「ジェリー。随分早いな」
「いや、実は寝てないんだ」

 どうせ女性と夜を明かしたのだろう。いつものことなので、ジャックは深く追及しない。

「なにか用か?」
「今晩暇?」
「暇だがどうした」
「よかった。今晩飯食べに来いよ。この前エスタにごちそうになったから今度はご招待しようと思ってさ」
「ブライアンのところとサンドラは大丈夫なのか?」
「ああ、もう確かめた。たまの休日にこんな早くからかけてくるなってサンドラに怒られた」

 確かにたまの休みに少し朝寝坊をする気だったら、この時間はベッドの中だろう。サンドラに同情する。

「彼女はまだ早起きする年じゃないな」
「どうせ酒でも飲んで寝たんだろ。それに引きかえ俺はまだまだ若いぜ。徹夜したんだから」
「どうせこれから寝る気だからこんな時間にかけてきたんだろう」
「・・・まあな。夕方には買い出しに出なきゃならないし」

 そこでジャックはふと思いつく。ジェリーにスクランブルエッグのコツを聞いてみようか。

 ジェリーの作る料理はメアリーのと正反対にさっぱりとして薄味だ。ジャックの好みとは対極のはずなのに、なぜかいつ食べてもおいしく感じた。さすがにあれ これと研究して妻子に振舞っているだけある。ジェリーのことだから聞けば、得意げに熟練の技とやらを伝授してくれるだろう。

「ジェリー」

 だがジェリーの言葉通りに調味料を計っている自分を想像したところで、ジャックの口は止まってしまう。

 ジェリーの教えを忠実に実行したとして、自分はそれを喜んで食べるのだろうか。なるほど、確かにジェリーの料理は気に入っている。けれどもそれはジェリー の家で、ジェリーが作ったと思って食べるからだ。この家で思い出と比べながら食べてしまったら、同僚の飛びきりのレシピも味気ないものになってしまうだろ う。それはかえって空しいし、ジェリーにもメアリーにも申し訳ない。

「ジャック?」

 突然の間を訝るように、ジェリーの声が低くなった。ジャックは慌てて取り繕う。

「手土産に酒を買っていこう。今晩のメニューならなにが合いそうだ?」
「今夜はスペイン風の魚介料理だ。チョイスは任せるよ」

 何かを感じ取ったに違いないジェリーの何事もなかったかのような返事に安堵しながら、ジャックは明るい声を出す。

「わかった。それじゃあまたあとでな」

 受話器を置いたジャックはテーブルの上に目を戻す。こんもり盛りあがった黄色からは湯気が消えている。舌打ちをひとつして皿を手にキッチンに行き、ほとん ど手つかずの卵をゴミ箱に捨てる。紅茶のカップを手に、今度は庭に出る。今日も空は曇り、ロンドン日和な空模様だ。メアリーの墓石に温かい日が差さないの を残念に思いながらジャックは両手でカップに残った温もりを包み込む。

 ジェリーの家に行く時間まで何をしようか。またため息が漏れた。
 

 

 


fin

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